JLPT N1MODE BACA

JLPT N1 - 2022年12月

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SESI 18 SOAL

内容理解(中文) (Pemahaman Teks Sedang)

次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
WACANA / STIMULUS SOAL
ともすると私たち大人は、自分たちの子ども時代の遊びはよくて、今の子どもの遊びは好ましくないと考えがちです。(中略)
今はダメで昔はよかったというような感覚をもって、今の子どもの遊びについて考えると、とんでもないことになります。子どもたちが嬉々として遊んでいるものを取り上げて、今の時代ではおもしろくないような遊びを、無理に押しつけることになってしまいます。そうなると遊びが遊びでなくなってしまいかねません。
また、私たちが考える好ましい遊び環境となると、なぜかとても整理された空間になりがちです。たとえば画一化された公園を見ると、ムダ一つなく機能を重視したオフィスを連想させさえします。限られたスペースで、しかも安全性や管理の問題を考えればそうならざるをえないのかもしれませんが、それでは子どもが遊びたいと思わなくなるのです。
子どもたちの遊び空間には、もしかしたら不自由さや不便さ、大人がムダだと思えるようなものも必要かもしれません。配慮の行き届きすぎた場所は、遊園地という商業施設は別として、子どもたちが自由に遊べる環境としては好ましくないのではないでしょうか。
子どもたちの遊び環境について考えるときに大切なのは、私たち大人の側にあるそのような先入観です。自分は子どものころにこんな遊びをした。今の子どもはそれをしていない。だから今の子どもは遊んでいない。こんな単純な考え方では、決して子どものためになる遊び環境など考えることはできません。
(注)嬉々として:喜んで
1
「とんでもないことになります」とあるが、どうなるのか。
1.
子どもが子ども同士で遊べなくなる。
2.
子どもが自由に遊びを楽しめなくなる。
KUNCI
3.
子どもが今の時代の遊びに興味をもたなくなる。
4.
子どもが安全に管理された場所でしか遊べなくなる。
2
筆者が言いたいことは何か。
1.
大人は子どもの遊びに干渉するべきではない。
2.
大人は安全性を考えて、遊び環境を整えなければならない。
3.
大人は先入観をもたずに、子どもの遊び環境を考えるべきだ。
KUNCI
4.
大人の先入観が遊び環境を考えるうえで役に立つこともある。
WACANA / STIMULUS SOAL
私たち人間は、いろいろなものを食べる雑食性動物です。それに対し、基本的にパンダはササだけを食べ、コアラはユーカリの葉だけを食べます。動物の生き残り戦略を考えると、雑食性動物の方が、慣れ親しんだ食べものが入手困難な状況になったとしても、それ以外の食べられるものへと嗜好をシフトすることによって飢餓を脱し、生存する確率を高めることができます。雑食性動物は環境適応性に優れた生きものといえます。
しかしその一方で、新たに見つけ出した食べものが毒性をもっていたり、栄養バランスが悪いものであれば、健康を損ね、最悪死に至る可能性があります。そのため、雑食性動物は、新しい食べものを食べるときには、必ずそのリスクと対峙しなければなりません。
すなわち雑食性動物は、食べたことのないものを食べるのを躊躇する「食物新奇性恐怖」と、積極的に食べようとする「食物新奇性嗜好」という相矛盾する行動傾向を、生まれながらに合わせもっているといえます。(中略)
雑食性動物がもつ食べものの新奇性恐怖と新奇性嗜好のジレンマを解消してきたもののひとつが、人の「調理」という行為です。食べたことのない食材、たとえば昆虫をそのままの“原型”で出されると、拒否感を抱く人が多いですが、粉にしてチップスなど、見慣れたお菓子のかたちで提供されれば、食べる人は確実に増えます。さらに慣れ親しんだ調味料で味付けしたものなどであれば、「あっ、意外とおいしい」と好評価を得るかもしれません。この調理という操作が、新奇なものを食べるという恐怖を緩和させるのに一役買っています。
(注1)コアラ:動物の一種
(注2)対峙する:ここでは、向き合う
(注3)相〜:互いに〜
(注4)一役買う:ここでは、役立つ
3
筆者によると、雑食性動物の特徴は何か。
1.
慣れ親しんだものを食べたいという気持ちよりも、新しい食べものへの好奇心のほうが強い。
2.
新しい食べものに対して、恐怖心をもちながらも、挑戦する性質をもっている。
KUNCI
3.
いろいろなものを食べるので、栄養バランスが偏らず、生存する確率が高い。
4.
目の前に食べものがあれば、躊躇せずに積極的に食べようとする。
4
筆者によると、調理することでどうなるか。
1.
食材が限られていても、人間の欲求を満たすことができる。
2.
新しい食材への好奇心は薄れるが、恐怖は解消できる。
3.
慣れ親しんでいないものへの好奇心を高めることができる。
4.
食べたことのないものへの抵抗感を減らすことができる。
KUNCI
WACANA / STIMULUS SOAL
私は、自分の研究をおもしろいと思えるのと同じ程度に、他人の研究をおもしろいと思えるかどうかが、研究者に向いているか否かの判断の基準であると思っている。いくらいいデータを出す人であっても、他人のデータを自分の仕事と同じだけの熱量を持っておもしろがれなければ、研究者としてははっきり不向きであると思わざるを得ない。学者としては失格であろう。
これがもっとも端的にあらわれるのが、研究発表の際に見られる質問の量である。
(中略)
発表された内容を、当事者として自分ならこういうアイデアで実験をし、結果をこう解釈することもできる、明確な結論を得るためにはこの部分に不備があり、次にはこんな実験を計画すれば、もっとはっきりした結論に到達することができるのではないか、などなど、考え始めれば、おのずから尋ねたいことは次から次へ出てくるはずなのである。
私はこれを「能動的に聞く」と言っている。人の話は、能動的に聞いてこそ、自らの身につくものである。話された内容をただひたすら覚えようとしたり、吸収しようとしているだけでは、却ってその知識は自分のものとならない。
「能動的に聞く」とは、話された内容を、自らのこれまでの知の体系のなかに位置づけることであり、位置づけるためには、聞きつつ常に自分の知の体系を確認し、照合する作業を伴うはずである。外部からインプットされてくる内容と、既存の自らの知識の箱とのあいだに軋轢が生じるのは必然であり、その軋轢こそが質問を促す力になる筈なのだ。
5
筆者によると、研究者として不向きな人はどのような人か。
1.
他人の研究に、自分の研究ほどの関心を持てない人。
KUNCI
2.
他人よりいいデータを出すことができない人。
3.
自分の研究も他人の研究も面白がれない人。
4.
自分の研究に、他人の研究成果を生かせない人。
6
筆者によると、どのようにすれば質問の量が増えるか。
1.
既存の知識に聞いた内容を加えて、知の体系を豊かにする。
2.
聞いた内容と自分の知の体系を照合し、違いを意識する。
KUNCI
3.
新しい知の体系のなかに、既存の自分の知識を組み込む。
4.
自分の既存の知識に、常に疑問を持つ。
WACANA / STIMULUS SOAL
企業Aと企業Bがあり、ある契約をそのどちらと取り交わすべきか考えるときに、A社は資本金1000万円、B社は資本金1億円であるという情報は、おそらく重要な情報の一つであると想定されるが、すべてではない。従業員数、年商、営業継続年数、支社数、支店数、などなどのうちから、意思決定者が、意思決定の方針に基づいて重要な情報を取捨選択しなければならないだろう。そのとき、ことさらにいくつかの情報に力点を置く報告書があげられたときに、意思決定者(経営者)はそこに存在する「意図」を充分に嗅ぎ取らなくてはならない。つまり、汚染されている可能性があるということである。ここで、報告された情報がすべて確実な事実であったとしても汚染は生じている可能性があるという点に注意が必要である。
したがって、情報汚染とは、ある情報に、本来想定しているもの以外の何かが付随していて、それによってその情報の理解が歪むことをいう。その何かとは、その情報をもたらした側の意図である。この世界に「データのみで構成されていて、そこに意図の混入が認められない」という意味での無色透明な情報など存在しない。どのような情報であっても、意図という色で染められている。そして、重要なのはそれが必ずしも汚染ではないという点である。意図が混入するのは当然のことであり、すべての情報には意図が混入しているのであるから、それだけでもってそれを汚染とまでは呼べない。それが汚染となるのは、その情報に含まれる「意図」によって、その情報の本質部分である「データ」の理解が歪められるからである。
(注)年商:1年間の売り上げ額
7
「意図」を充分に嗅ぎ取らなくてはならないとあるが、なぜか。
1.
事実ではない情報が意図的に混入されているかもしれないから。
2.
意思決定者に有利な情報を取り除かれているかもしれないから。
3.
情報には意図が含まれていて、理解が歪められるかもしれないから。
KUNCI
4.
情報をもたらす側の意図が、歪められて理解されるかもしれないから。
8
情報の汚染について、筆者はどのように述べているか。
1.
情報が汚染されているかどうかを見抜くことは難しい。
2.
情報が汚染されていても、受け取る側の理解に影響はない。
3.
情報に意図が含まれていても、汚染されているとは限らない。
KUNCI
4.
すべての情報には意図が含まれているので、汚染されているといえる。