JLPT N1MODE BACA
JLPT N1 - 2016年12月
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SESI 19 SOAL
内容理解(中文) (Pemahaman Teks Sedang)
次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
WACANA / STIMULUS SOAL
人に従順な飼い犬は、もともとオオカミの仲間を飼い馴らしたものである。(中略)
ところが、「人間がオオカミを飼い馴らした」という話には謎が多い。犬が人間と暮らすようになったのは、15000年ほど前の旧石器時代のことであると推測されている。当時の人類にとって、肉食獣は恐るべき敵であった。そんな恐ろしい肉食獣を飼い馴らすという発想を当時の人類が持ち得たのだろうか。しかも犬を飼うということは、犬にエサをやらなければならない。わずかな食糧で暮らしていた人類に、犬を飼うほどの余裕があったのだろうか。また当時の人類は犬がいなくても、狩りをすることができた。犬を必要とする理由はなかったのである。
最近の研究では、人間が犬を必要としたのではなく、犬の方から人間を求めて寄り添ってきたと考えられている。犬の祖先となったとされる弱いオオカミたちは、群れの中での順位が低く、食べ物も十分ではない。そこで、人間に近づき、食べ残しをあさるようになったのではないかと考えられているのである。
弱いオオカミだけでは、狩りをすることができないが、人間の手助けをすることはできる。そして、やがて人間と犬とが共に狩りをするようになったと推察されている。こう考えると、当時、自然界の中で強い存在となりつつあった人間に寄り添うことは、犬にとって得なことが多かった。つまり、人間が犬を利用したのではなく、犬が人間を利用したかもしれないのである。
(稲垣栄洋『弱者の戦略』による)
1
謎が多いとあるが、謎に合うのはどれか。
1.
犬ではなくオオカミを飼おうとしたこと
2.
オオカミを肉食獣だと思わなかったこと
3.
恐ろしいオオカミを飼って利用しようと考えたこと
KUNCI4.
狩りの邪魔になるのに恐ろしいオオカミを飼おうとしたこと
2
筆者によると、どのようなオオカミが犬の祖先だと考えられるか。
1.
人間から頼りにされたオオカミ
2.
狩りの上手なオオカミ
3.
群れから追い出されたオオカミ
4.
群れの中で下位のオオカミ
KUNCI3
犬の祖先が人間と暮らすようになったきっかけについて、筆者はどのように考えているか。
1.
人間を利用して仲間からの危険を避けようとした。
2.
人間に近づいて食糧を得ようとした。
KUNCI3.
人間が狩りの手助けをさせた。
4.
人間がエサを与えた。
WACANA / STIMULUS SOAL
子どもはこれから自分は大人になっていくのだから、自分はどうなるのだろうとそれは一生懸命に大人を観察している。その大人に魅力を感じれば、あんなふうになりたいと思うかもしれない。ほんのちょっとチャーミングなところを認めて、ああ失敗しても、どじ(注1)ばかりでもいいんだと思えることもあるかもしれない。あるいは、僕はあんな大人にはならないだろうけれど、あんなふうにするのもすてきだなと感じることもあるに違いない。とにかく子どもは、①そんなふうに常に大人を見ているのである。
(中略)
子どもはやがて大人になる。その大人に魅力がなかったら、それは自分に明日がないと言われているのと同じことだ。大人になってもつまらなそうだ。楽しいことがなさそうだと感じたら、君の未来はこの程度のものだとつきつけられているのと変わらない。②これほど子どもにとって不幸なことはない。
大人はいつも子どもに見つめられている、子どもが自分を観察しているということを自覚していなければいけないと思う。わが身をつくろって、いいかっこするのではない。正直に失敗するのなら、子どもより上手に失敗してみせよう、傷つくなら子どもより上手に傷ついてみせよう。人生の先輩としてというより、現役の子どもに対してベテランの子どもとして、ベテランらしいところを見せてやろうじゃないか。そういう気概の(注2)大人がたくさんいれば、子どもたちはきっと大人の世界に魅力を見いだすに違いない。それが幸福な子どもの将来につながるのだと思う。
(大林宣彦『父の失恋 娘の結婚―べそっかきの幸福そうな顔』による)
(注1)どじ:うっかりした失敗
(注2)気概の:ここでは、強い気持ちを持った
4
①そんなふうにとあるが、子どもはどんなふうに大人を見ているのか。
1.
早く大人になりたいと思っている。
2.
大人の姿から魅力的な部分を探している。
KUNCI3.
自分が失敗したときどうするか考えている。
4.
あんな大人にはなりたくないと思っている。
5
②これほど子どもにとって不幸なことはないとあるが、何が不幸なのか。
1.
大人を見ても未来の自分に希望が持てないこと
KUNCI2.
大人を見てもすてきな大人になる自信が持てないこと
3.
大人を見ても今何をしておけばいいか分からないこと
4.
大人を見ても将来自分のしたいことが見つからないこと
6
筆者が大人に対して伝えたいことは何か。
1.
人生の先輩らしく、いつもかっこいい大人でいよう。
2.
ベテランの子どもとして、子どもを幸福な将来へ導いてあげよう。
3.
子どもたちに、大人の魅力的な世界を教えよう。
4.
子どもたちに、ベテランの子どもとしての行いを示そう。
KUNCIWACANA / STIMULUS SOAL
科学記者を始めた20年ほど前、記者の訪問を歓迎しない科学者は、けっして珍しくなかった。「新聞記者との付き合いには何のメリットもなく、時間の無駄。記者と親しい科学者は、同僚からうさんくさい目で見られる。真理の探究に没頭する科学者が、記者なんていう世俗を相手にしては沽券(注1)にかかわる」というわけだ。それが今は、まったく違う。科学者も、研究に税金を使うからには自分の仕事を積極的に世間に説明するのが当然だとみなされ、大学や研究所はメディア戦略を練るまでになった。変われば変わるものだ。(中略)
科学者側の広報が巧みになればなるほど、科学ジャーナリズムは科学者集団のたんなる宣伝係で仕事をした気になってしまう恐れがある。
「サイエンス」や英国の「ネイチャー」に載る科学者の論文を、どの新聞も毎週のように記事にして紹介している。その多くが、これらの論文誌の巧みな広報資料や研究者の記者発表をもとにしているのだが、これなどまさに、何を社会に伝えるかは自分で決めるというジャーナリズムの要(注2)を、科学者集団側になかば預けてしまっているのではないか。自分でネタ探しをするよりも、このほうがたしかに効率的なのだ。
米国の科学ジャーナリズムの教科書には、科学者たちはマスメディアを自分たちの広報機関のようにとらえるものだと書いてある。科学ジャーナリズムは、広報戦略に長けてきた(注3)科学者たちとどう付き合っていくべきか。その哲学と戦略を、こちら側も改めて肝に銘じて(注4)おかなければならない時代になった。
(YOMIURI ONLINE 2010年3月7日取得による)
(注1)沽券にかかわる:体面を損ねる
(注2)要:最も大切な部分
(注3)長けてきた:上手になってきた
(注4)肝に銘じて:忘れないように心にしっかりととどめて
7
変われば変わるものだとあるが、科学者はどのように変わったのか。
1.
以前は記者を世俗的だと見ていたが、現在はメディアを信頼するようになった。
2.
以前は記者と距離を置いていたが、現在は積極的にメディアとかかわるようになった。
KUNCI3.
以前は同僚の目を気にしていたが、現在は記者の目をより気にするようになった。
4.
以前は自らメディア戦略を練っていたが、現在は記者の力を借りるようになった。
8
科学者との関係で、今のジャーナリズムにはどのような問題があるか。
1.
科学者が望む論文を記事にしていない。
2.
科学者が十分満足できる広報をしていない。
3.
科学者から提供された情報をそのまま伝えている。
KUNCI4.
科学者から提供された情報を十分理解せずに報じている。
9
この文章で筆者が最も言いたいことは何か。
1.
科学者は、科学ジャーナリズムの立場をもっと理解すべきである。
2.
科学者は、科学ジャーナリズムとの関係のあり方を改めて見直すべきである。
3.
科学ジャーナリズムは、報道内容の決定にあたって主体的であるべきだ。
KUNCI4.
科学ジャーナリズムは、科学の価値を正しく認めてもらえるよう努めるべきだ。