JLPT N1MODE BACA

JLPT N1 - 2018年7月

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SESI 19 SOAL

内容理解(中文) (Pemahaman Teks Sedang)

次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
WACANA / STIMULUS SOAL
以下は、文芸作品の賞の選考について書かれた文章である。
書いたものが売れれば、それでいちおう報われる。多くの読者の支持があったということだからである。贅沢を言うようだが、それだけでは、何だか心もとない(注)。売れるということには、様々な意味合いがある。いい本だから売れるとは限らないし、売れたからいい本だとも言えない。
そこに質の意味がある。売れようが売れまいが、これはいい本ですよ。それがある程度保証される。お金とは違った価値観がそこに示される。
私はいくつかの賞の選考に関係している。賞をいただくより、賞を選考する方が好きかもしれない。書く場合には、自分の力量が問われる。しかし、選考する場合には、自分の目が問われる。目が悪いと、何もかも同じに見える。違いがわからないのである。その意味では美術品、骨董品の評価と同じであろう。
書く時には、ある専門分野について、力があればいい。でも選考する時には、それだけでは不足であろう。どのような分野であれ、よいものとは何か、それを見極める目が要求される。その代わりに、専門分野について、必ずしも詳しい必要はない。
(中略)
選考する時の喜びは、複数の選考委員が同じ著作を本音で選んだ時である。自分もそれを支持している時には、自分が賞をもらったのと、似たような嬉しさがある。賞を受けた人の喜びが、まさに他人事ではなくなるのである。このあたりの心理が、なかなかおもしろい。
選考する側も、常に自分の価値観を問われている。推薦した作品が受賞するのは、その価値観がいわば受賞することだともいえよう。
(注)心もとない:頼りない
1
本が売れることについて、筆者はどのように考えているか。
1.
読むに値する本だと保証されたことになる。
2.
賞を受賞するより価値がある場合もある。
3.
読者の支持を得たことにはならない。
4.
いい本だと保証されるわけではない。
KUNCI
2
筆者によると、賞を選考する時に必要な力とはどのようなものか。
1.
よいものを見極めて書くことができる能力
2.
どのような作品にもよさを見いだせる能力
3.
専門分野の作品を正しく評価できる能力
4.
専門分野以外でもよいものが見極められる能力
KUNCI
3
自分が賞をもらったのと、似たような嬉しさがあるとあるが、なぜか。
1.
受賞者と自分の価値観が同じだとわかったから
2.
受賞者の苦労に共感して選んだから
3.
自分の価値観が認められたと感じられるから
KUNCI
4.
自分が賞を受けた時の喜びを思い出すから
WACANA / STIMULUS SOAL
以下は、ある企業家が書いた文章である。
企業が利益を確保するために社員を捨てる、整理するというのは市場の意思です。リストラに遭った人は、自分の会社を恨んだり、文句を言ったりしますが、それは違う。厳しい言い方をすれば、消費者があなたの会社の商品を買わない、つまりあなたの給料は払えないと言っているわけです。
会社という堅牢(注1)な箱で守られていると考えてはいけない。社員一人ひとりは、消費者や市場とつながっている。社員個人個人の集合体が企業なのです。
私は社員の年金制度を廃止し、ボーナスも退職金も一切取りやめました。新入社員も含めてすべて年俸制にし、それぞれが稼ぎ出した利益に応じて査定する(注2)システムに変えたのです。年俸は、前年比プラスかマイナスかどちらかで、横ばいはありえません。会社の利益が増えれば全体の年俸の原資(注3)は増えますが、それはプラス評価をした人だけに配分します。
会社で働くというのは、会社の利益を増やすのが目的です。その利益は株主と社員に分配されます。利益の多寡(注4)は顧客、すなわち消費者が決めます。彼らにいかに喜ばれる仕事ができるかが重要です。働くとはそういうことです。私は日頃から社員に「給料をもらって働く人は要らない、働いて給料をもらう人しか必要ない」と言っています。社員という言葉はこれから死語になり、「商人」という言葉がそれに代わると思います。会社が何かしてくれるという考えを捨て、個である自分が商人として顧客・消費者に何を与えられるかと発想する時代なのです。
(注1)堅牢な:頑丈な
(注2)査定する:評価する
(注3)原資:ここでは、資金
(注4)多寡:多少
4
それは違うとあるが、なぜか。
1.
リストラは、会社に属している社員全員のせいだから
2.
リストラは、会社の意思で決めたものだから
3.
リストラは、良い商品でも売れない市場のせいだから
4.
リストラは、市場の動向を反映したものだから
KUNCI
5
筆者の会社の給料の決め方はどのようなものか。
1.
経営者ではなく社員同士の評価で決まる。
2.
社員が個別に会社と相談して決まる。
3.
社員が会社に利益をもたらしたかどうかで決まる。
KUNCI
4.
会社の利益が増えれば全員の給料が上がる。
6
筆者が会社で働く人に求めているのはどのようなことか。
1.
どうすれば給料に見合う働きができるかを考え、主体的に行動すること。
2.
会社の利益より、いかに消費者に利益をもたらすかを考えること。
3.
会社優先の考えを捨て、どうすれば社会に貢献できるか考えること。
4.
会社に守られているという考えをやめ、個人として消費者と向き合うこと。
KUNCI
WACANA / STIMULUS SOAL
以下は、議論について書かれた文章である。
意見とはある問題に対する解決である。しかし、それは単なる「感じ」や「心情」の表明ではない。根拠を伴って、その内容が客観的に正しいのだ、ということを相手に強制する構造をしている。たとえば「私はこう思う。なぜなら~からだ。」と言うとき、「なぜなら~からだ」の部分を聞いて、「なるほど」と思ったら、その前の「こう思う」の部分も承認しなければならない。それが、①議論というゲームのルールなのである。
相手が自分の根拠を認めれば、相手に自分の意見を押しつけることができる。逆に自分が相手の根拠を認めれば、自分の意見を捨てて相手に従わねばならなくなる。つまり議論とは、支配と屈従(注1)という権力関係を暗黙のうちに含むシビアなゲームなのである。②議論に負けると、何だか悔しい感じになるのは、そういうことなのだ。
しかし、これが「勝ち負け」に終わらないのは、双方が「真理の探求」という共通の目標を持っているからだ。議論してどちらが正しいかを決定するのは、勝ち負けを決めることが主なる目的ではない。よりよい解決を求めるためである。だから、議論に負けても、それは相手に負けたことにはならない。真理に負けた、いや従っているのである。悔しがるより、自分がより真理に近づいたと満足すべきなのだ。
議論に参加する者は、まずこの「真理への献身」を共有しなければならない。根拠の承認を迫る形式に則って(注2)発言することは、いわば、この暗黙の献身を表しているのである。
(注1)屈従:自分の意志に反して従うこと
(注2)則る:従う
7
議論というゲームのルールとはどのようなルールか。
1.
相手の意見が根拠を伴っていたら、反論してはならない。
2.
相手の根拠に納得できたら、その意見も認めなければならない。
KUNCI
3.
意見を述べるときは「感じ」や「心情」を表明してはならない。
4.
自分の意見を認めさせたければ、相手の意見も認めなければならない。
8
議論に負けると、何だか悔しい感じになるとあるが、なぜか。
1.
相手に従わなければならないから
KUNCI
2.
相手が自分を見下していると感じるから
3.
自分の意見がうまく伝えられないから
4.
自分の意見に価値がないように感じるから
9
筆者の考えに合うのはどれか。
1.
議論は形式に従って真理を追求するものだ。
KUNCI
2.
議論は勝ち負けではなく参加することに意義がある。
3.
「真理の探求」には、相手の意見に従うことが必要だ。
4.
「真理への献身」を実践すれば、議論に勝てるものだ。