JLPT N1MODE BACA

JLPT N1 - 2017年7月

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SESI 19 SOAL

内容理解(中文) (Pemahaman Teks Sedang)

次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
WACANA / STIMULUS SOAL
よく知っている人を相手に自己を語るのは簡単だが、お互いによく知らない相手に自己を語るというのは非常に難しい。
よく知っている相手との間に共通の文脈ができあがっているので、その文脈にふさわしい自分を提示していけばよいから、ほぼ自動化した形で自己を語ることができる。たとえば、相手がこちらのことを勇ましい豪傑(注1)とみなしているなら、自分の中の武勇伝(注2)的なエピソードを中心に語ることになるだろうし、相手がこちらのことを温厚な紳士とみなしているなら、自分の中のおだやかな部分を中心に語ることになるだろう。相手との文脈によって語り分けるからといって、けっしてだましているわけではない。どちらも嘘ではないのだ。
困るのは、よく知らない人が相手である場合だ。共通の文脈ができあがっていないため、どのような自分を語り出していけばよいのかがわからない。逆に言えば、共通の文脈による制約がないぶん、どんな自分でも自由に演出し、語り出していくことができる。だからこそ、迷い、悩んでしまうのだ。
こうした事情からわかるのは、僕たちは自分のことをいろんなふうに語ることができるということだ。
(中略)
自分の姿がおぼろげ(注3)にしか見えないうちから、まずは語ることを始めなければならない。
語ることによって、自分の姿が語りの方向につくられていく。
(榎本博明『〈ほんとうの自分〉のつくり方―自己物語の心理学』による)
(注1)豪傑:豪気のある、強い人
(注2)武勇伝的な:ここでは、勇ましい
(注3)おぼろげに:ぼんやりと
1
嘘ではないとあるが、何が嘘ではないのか。
1.
自分が語る自分と相手が語る自分
2.
異なる相手によって語られた自分
3.
相手に合わせて語り分けた自分
KUNCI
4.
相手にとって良い自分と悪い自分
2
よく知らない相手に自分を語るのは、なぜ難しいのか。
1.
自分のどの側面を語ればよいか決められないから
KUNCI
2.
自分のすべての側面を語らなければならないから
3.
自分のイメージが相手によってつくられることになるから
4.
自分が演出したとおりに相手に思ってもらえないから
3
筆者の考えを最もよく表しているものはどれか。
1.
よく知らない相手には、本当の自分を語ることが必要だ。
2.
相手より先に、自分から語り始めることが重要だ。
3.
相手とよく語り合うことによって、自分の形がつくられていく。
4.
相手に自分を語ることによって、自分の形ができあがっていく。
KUNCI
WACANA / STIMULUS SOAL
ウェブ時代に突入して、私たちの生活には、世界中のありとあらゆる情報が溢れかえることとなった。その量は膨大で、しかも、時間とともに流れ去ることもなく、データとして刻々と蓄えられ続けている。一方で、私たちの毎日はといえば、相も変わらず24時間しかなく、寿命は80年程度だ。どうやったって、そのすべてを網羅することなどできない。
私たちは、仕方なく、どんな情報とも、どんな言葉とも、忙しなく(注1)、広く浅いつきあいをするようになって、ふと我に返ると、自分は果たして、本当に、以前よりも、世間や人間に対する理解が深くなっているのだろうかと、不安を感じるようになっている。
そういう時代に、小説は、まさしく「小さく説く」のである。
この広大無辺(注2)で、複雑極まりない世の中を、そして、そこに生きる人間の心の奥底を、誰の手のひらにでも収まるほどのコンパクトなサイズに圧縮して、濃密な時間とともに体験させてくれる。それが、小説だ。
確かに小説は、絵や彫刻のように、一目で見ることのできる物体ではない。ある一定量の記号の連なりである以上、時間をかけて、前から順番に最後まで辿っていかなければならない。しかし、その間、小説は絶えず、読者に語りかけ、読者に耳を貸し、読者の手を引き、読者と一緒に感じ、一緒に考える。それは、途方(注3)に暮れるような情報の海を泳ぎ回るのとは、まったく別の興奮を与えてくれるはずだ。
(平野啓一郎『小説の読み方―感想が語れる着眼点』による)
(注1)忙しなく:ここでは、時間に追い立てられるように
(注2)広大無辺で:限りなく広くて
(注3)途方に暮れる:どうしたらよいかわからなくなる
4
筆者によると、ウェブ時代に生きる人々が感じている不安とはどのようなものか。
1.
膨大な情報を理解する時間が足りないのではないか。
2.
人や世間に対する認識が深まっていないのではないか。
KUNCI
3.
蓄積され続ける情報の中から必要な情報が探せないのではないか。
4.
人の心までが時間や情報に流されそうになっているのではないか。
5
小説は「小さく説く」とあるが、どういう意味か。
1.
人間の複雑な心理を簡潔に示す。
2.
広く複雑な人間社会を少しだけ見せる。
3.
人の心や複雑な世の中を凝縮して示す。
KUNCI
4.
広い世の中の重要なところを圧縮して見せる。
6
ウェブ時代に小説を読むことについて、筆者はどのように考えているか。
1.
小説には膨大な情報が詰め込まれているので、濃密な時間を体験することができる。
2.
小説は複雑な世の中を説明しているので、情報が溢れる世界を深く理解できるようになる。
3.
小説が読者に寄り添ってくれることで、現代の情報とのかかわり方とは異なる刺激が得られる。
KUNCI
4.
小説が読者の手を引いてくれることで、情報社会で不安を感じず生きていけるようになる。
WACANA / STIMULUS SOAL
一日に八時間眠るのが人間社会の決まりごとであるかのように言う人がいる。それには何か特別な根拠があるのか。
もともと睡眠は、適応のための技術である。さまざまな身体内部および外部の環境条件に合わせて、脳をうまく休息させ、よりよく活動させるための柔軟な生存戦略である。多少の無理や融通が利かないはずはない。
しかも、眠ることは筋肉を緩ませる、意識レベルを下げる、栄養補給を断つなどの危険を伴う“命懸け”の行為だ。それだけに、睡眠中の安全が確保できる条件を整えてからでないと、眠るわけにいかないというのが生き物の鉄則だ。また、優先してなすべきことがほかにあるなら、睡眠は、すなおに順位をそちらに譲るのが通例だ。
そうなると、安心して睡眠に割り当てられる時間は、かなりかぎられたものになってしまう。一日のうちのかぎられた条件と時間のもとでうまく眠り、うまく目覚めるために、高等動物は進化の過程でさまざまな方式を開発してきた。だから、睡眠は本来多様性に富むものだ。
人間の睡眠も、生物学的にはまったく同様の適応力を備えている。しかし、人間は文明の発達とともに、睡眠を人為的な規則で拘束した。社会活動や季節変化などをもとにして、睡眠の持つ多様性を一定の枠の中に押し込めてしまったのだ。
こうして、世の中では、大人は一日に八時間まとめて寝るのが基準であるかのように考える傾向が定着した。ここから、睡眠時間の負債を気にするという不幸が発生したのだ。一日に八時間くらい寝床の中で過ごす人が大半を占めるにせよ、この数値に生物学的な根拠はない。
(井上昌次郎『睡眠の技術―今日からぐっすり眠れる本』による)
7
生き物にとっての睡眠について、筆者はどのように述べているか。
1.
生き抜くために、さまざまな条件に合わせて調整できるものである。
KUNCI
2.
脳を休息させるために、一定の時間確保されるべきものである。
3.
自身の生命を脅かすもので、できるだけ避けるべきものである。
4.
環境に適応するために、他の活動より優先されるものである。
8
睡眠を人為的な規則で拘束したとあるが、どういうことか。
1.
日々の睡眠時間をできるだけ短くすることにした。
2.
一日のうちの、一定の時間を睡眠に充てることにした。
KUNCI
3.
活動時間に合わせて、睡眠時間を減らすことにした。
4.
各自の条件に合わせて、睡眠時間を決めることにした。
9
この文章で筆者が最も言いたいことは何か。
1.
人間の睡眠時間は一様に決めるようなものではない。
KUNCI
2.
人間の睡眠の方式は他の生き物と比べられるものではない。
3.
人間も他の生き物と同様に、睡眠をとることが生存戦略となっている。
4.
人間は社会活動をする上で、他の生き物と異なる睡眠時間が必要になった。