JLPT N2MODE BACA
JLPT N2 - 2018年12月
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SESI 19 SOAL
内容理解(中文) (Pemahaman Teks Sedang)
次の(1) から (3) の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1・2・3・4から一つ選びなさい。
WACANA / STIMULUS SOAL
以下は、スポーツの指導者が子どもを叱ることについて書かれた文章である。
叱ることの本来の目的は「叱られた原因を理解する」「自分の間違いに気づく」「うまくいかせるために次にとるべき行動がわかる」の三点です。
とくに重要なのが、次にとるべき行動がわかることです。叱られたことで、自信をなくして次の行動がとれなくなることは、「叱る」という本来の目的からはずれることになります。
(中略)
「叱る」とは、叱ることで子どもがどのような反応を起こすか、すべて計算されていること。つまり「叱ることで子どもがどんな行動を起こすか」が、予想できていなければならない、ということです。そもそも(注1)叱ることは、子どもの成長が目的なのです。
これに対し、「怒る」は感情的な行為です。ときには怒りや憎しみを伴います。また、子ども自身を否定することにもなりかねません。指導者は「叱る」「怒る」の違いを常に自問自答(注2)することが大切です。さらには「君自身を否定しているわけではないのだよ、君のしたことを叱っているのだ」と伝えましょう。つまり、人格(注3)を含めてすべてを頭ごなしに(注4)叱るのではなく、ポイントで叱るのです。
ここで、叱るうえでの注意点を一つ。叱ることが何度も続くと、叱られることに対する慣れが生じ、「いつものことか」と子どもが感じとり、指導者の本当にいいたいことが伝わらないということがあります。叱ることによって、得られる効果が半減しないためにも、指導者は日頃から注意深く、また意思を持って、みずからと向き合う必要があるのです。
(注1) そもそも:本来
(注2) 自問自答する: 自分に問いかけ、自分で考える
(注3) 人格:性格
(注4) 頭ごなしに: 最初から一方的に
1
(58) 子どもを叱るとき、指導者にとって必要なことは何か。
1.
なぜ叱るのかを子どもに伝えること
2.
次にとるべき行動を子どもに説明できること
3.
叱った後の子どもの行動が予測できていること
KUNCI4.
子どもが自信をなくさないように強く叱らないこと
2
(59) 筆者によると、叱るときはどのようにすればいいか。
1.
肯定的な言葉だけを使って叱る。
2.
間違った行動を取り上げて叱る。
KUNCI3.
子どもの成長に合った叱り方をする。
4.
怒りや憎しみを隠して叱る。
3
(60) 筆者の考えに合うのはどれか。
1.
叱る効果を高めるには、日頃から子どもと向き合う必要がある。
2.
本当にいいたいことを伝えるには、あきらめずに何度も叱ることが大切だ。
3.
効果的に叱るには、叱ることに慣れることが大切だ。
4.
効果的に叱るには、伝えたいことをしっかり考えておく必要がある。
KUNCIWACANA / STIMULUS SOAL
先日、とある大学の学部生を相手に講演をする機会があった。そのときは、私が一緒に仕事をしてきた仲間についてのエピソード(注1)を紹介したのだったが、後ほどアンケートを読ませてもらって驚いた。その仲間についての話を大まかに言えば、性格に欠点を持つ人間だったが、そのために面白いキャラクター(注2)であったし、仕事でもすばらしい結果を残し、尊敬に値する(注3)人物であったというものだった。これをどう受け取ったのかわからないが、アンケートの一つに、「人の欠点について話すことに憤慨を覚える(注4)」といった趣旨(注5)のことが書いてあったのだ。
(中略)
人が個性について語る場合、どうもいい個性のことばかりを取り上げているように思う。いい個性は伸ばし、悪い個性は直しましょう、というわけだ。しかし、私にとってはどちらも大切にすべき個性であるし、そもそも(注6)こうした社会にいいも悪いもないのである。講演で話したことに関しても、私の言う彼の欠点は、一般的な考えに照らし合わせれば(注7)欠点かもしれない。けれども、それこそが彼の個性であって、成功の一因になったということだ。
しかし、そういった考えは許されないようだ。なぜか個性とは、常識的な考えからいって褒められるものでなければいけないのである。そうなると、今言われている個性とは、一般的にいいとされる個性というものがすでにいくつかあって、それをどう獲得するかを考えなければならないということになる。しかし、そんなものは個性ではないし、結局は人と同じになってしまうのである。
(注1) エピソード: ここでは、話
(注2) キャラクター: 性格
(注3) 尊敬に値する: 尊敬できる
(注4) 憤慨を覚える: 腹が立つ
(注5) 趣旨: ここでは、内容
(注6) そもそも: もともと
(注7) ~に照らし合わせれば: ここでは、~からすれば
4
(61) 驚いたとあるが、なぜか。
1.
仕事について話したのに、性格について話したと勘違いされたから
2.
仕事仲間について話すのはよくないことだと言われたから
3.
友人のいいところを話したのに、それを欠点だと思われたから
4.
他人の欠点を話すのはよくないことだと指摘されたから
KUNCI5
(62) 人の欠点について、筆者はどのように考えているか。
1.
欠点も個性だと言える。
KUNCI2.
欠点を個性とするのはよくない。
3.
直せる欠点は直したほうがいい。
4.
いい点よりも欠点のほうが成功に役立つ。
6
(63) 筆者の考えに合うのはどれか。
1.
褒められる個性でなければ、直したほうがいい。
2.
いいとされる個性をどう獲得するかを考えることが重要だ。
3.
いいとされる個性を獲得しても、それは個性とは言えない。
KUNCI4.
どのような個性であっても、成功と結び付けて考えないほうがいい。
WACANA / STIMULUS SOAL
以下は、文字を持たない民族について研究している人が書いた文章である。
本に書いてあることは、ことさらに(注1)中身を全部覚えておかなくても、それについてどの本に書いてあったかが思い出せればよろしい。インターネットが発達した現代においては、ちょっとしたことならすぐに検索できる。バッハとヘンデル(注2)はどっちが先に生まれたかなどと不意に(注3)聞かれたとしても、クラシックファンでなくても、手元にネットにつながったパソコンがあれば、わけもなく(注4)返答できる。しかし、それは自分自身の知識が増えたわけではない。そこに文字として書かれているものは、すべて自分の外側にあるものであり、それにアクセスできなくなったとたん—早い話が本が全部焼けてしまうとか、停電になるとかしたとたん—そのほとんどが自分とは無縁のものになってしまうのである。
文字を使わないということは、常にその状態にあるということである。自分が記憶していないものは、存在していないのと同じ。
(中略)
本を読んだり、ビデオやDVDで同じ映像を何度も再生して見ることに慣れた我々は、その瞬間に頭に入らなくとも、もう一度見ればよいと考えてしまいがちである。しかし、そういう文化の中で育っていない人たちにとっては、その瞬間を逃したらそれまでであって、同じ人から同じ話を聞く機会はもう二度とないと考える。そのような気持ちで人のことばを聞くことによって培われた(注5)力が、記憶する力となっているのであろう。
文字を学び、書かれたものを読む能力は、人間の取得可能な知識の範囲を格段に(注6)広げたことは事実である。しかし、それは取得した知識が増えたことを、なんら(注7)意味してはいない。
(注1) ことさらに: ここでは、特に
(注2) バッハとヘンデル: どちらも18世紀に活躍した作曲家
(注3) 不意に: 突然
(注4) わけもなく: 簡単に
(注5) 培われた: 育てられた
(注6) 格段に: ここでは、大きく
(注7) なんら: 少しも
7
(64) そのほとんどとは何か。
1.
自分自身の知識のほとんど
2.
調べればわかることのほとんど
KUNCI3.
検索するための手段のほとんど
4.
文字によって覚えたことのほとんど
8
(65) 文字を使わない人たちについて、筆者はどのように考えているか。
1.
自分の覚えたい話しか興味を持って聞かない。
2.
同じ話を二度と聞けないと考えて、集中して聞く。
KUNCI3.
話を記憶できなければ、もう一度開き直す。
4.
話は何度も聞けないので、忘れてしまいがちである。
9
(66) 筆者の考えに合うのはどれか。
1.
記憶していなければ、知識を得たとはいえない。
KUNCI2.
知識が増えるにしたがって、記憶する力も伸びる。
3.
文字を学ばなければ、知識は増えない。
4.
文字の使用の有無にかかわらず、記憶する力は変わらない。